海に浮く空港

 日経ビジネスの坂田亮太郎記者による「海に浮く空港」の記事を興味深く読みました。航空需要の拡大と利便性を向上するため、羽田空港の年間発着回数を大幅に増やす。斬新な建築工法で環境を破壊しないで、海の上に空港を作る。私は羽田空港の拡張工事は知っていたが、中身については知る術がなかった。今回の記事を読んでよく理解できたので、ぜひ紹介したい。

 

滑走路の下を自由に水が流れる

出張や旅行で、次に羽田空港を使うことがあったら、窓際の席を予約することをお勧めする。運が良ければ、今しか見られない珍しい光景を目にすることができるからだ。

37号ブログ写真①.jpg建設が進む羽田空港のD滑走路。多摩川の河口にかかる部分の土台は桟橋構造になっており、滑走路の下を水が流れる (提供:羽田再拡張D滑走路JV 2009年6月23日撮影)

 写真の手前に見えるのが、羽田空港の4本目となる滑走路だ。正式にはD滑走路と呼ばれる。2500メートルの滑走路のうち、東京都側(写真では左側)の約3分の1の土台が、鋼鉄製の桟橋でできている。残りは従来の拡張工事と同様に、埋め立てで土地を造成している。

 

   今回、すべての土台を埋め立てにしなかった理由は、環境への配慮からだ。D滑走路の一部は、写真の奧に見える多摩川の河口部分にかかっている。土台すべてを埋め立て構造にしてしまうと川の流れを遮ってしまう。そのため、滑走路の下でも水が自由に流れるように、土台を桟橋構造にしたのだ。

37号ブログ写真②.jpg桟橋の下には、滑走路を支える鋼管が無数に林立している。ステンレス製のライニングで覆われ、サビを防ぐ対策も万全だ (写真:村田和聡)

 桟橋を支えているのは海底に打ち込まれた鋼鉄の柱だ。東京湾の水深は羽田沖で14~19メートルで、さらに海底から下に20メートル近くは、軟弱な地盤になっている。

そのためジャンボジェット機でも安全に離発着できるように、直径1.6メートルもの太さの鋼管を海底70メートルの深さまで打ち込んである。

 

海水にさらされても100年使える耐久性

 その鋼管の上に設置されるのが「ジャケット」と呼ばれる鋼製のユニット構造物である。 6本の杭を1組にして1基のジャケットを設置する。ジャケット1基の大きさは幅63メートル、奥行き45メートル、そして高さが32メートル。13階建てオフィスビルに相当する大きさで、1基の重さは約1300トンにも及ぶ。

37号ブログ写真③.jpg13階建てオフィスビルに相当する大きさの鋼製のジャケット。地上で組み立て海上を曳航する (写真提供:羽田再拡張D滑走路JV)

 今回、多摩川の流れを遮らないように桟橋構造を採用したが、課題はサビとの戦いだった。海水を常に浴びる環境でも滑走路は100年間使用できる耐久性が求められた。 ジャケットの下面はサビに強いチタン製のカバープレートで覆われているほか、鋼管もステンレスを使って耐海水性能を高める特殊な表面処理が施されている。

 

東京ドーム40倍の広さ、東京タワー100塔分の鋼鉄

 ジャケットを製作しているのは新日本製鉄とJFEホールディングスの2社だ。 両社はそれぞれ地上の製作工場でジャケットを組み立て、船で曳航して羽田空港まで持ってくる。地上で事前にジャケットを作り込んでおくことにより、気象条件によって大きく左右される海上での作業を極力減らすことができる。

37号ブログ写真④.jpg空から見ると巨大なジャケットもブロックのように見える (写真提供:羽田再拡張D滑走路JV 2009年6月23日撮影)

 これらのジャケットを全部で198基つなぎ合わせることで、海の上に約52ヘクタールもの"土地"が作り出される。これは東京ドームのグランドの40面分に相当する広さだ。

 

    D滑走路とターミナルを結ぶ誘導道路も桟橋構造となっており、合計すると43万トン余りの鋼材を使用されている。東京タワーに換算すると、100棟分に匹敵する量の鋼鉄が使われているのだ。

実際に桟橋の上に立つと鋼鉄の滑走路の大きさが実感できる。 取材班が工事現場を訪れたのは今年3月上旬。据え付けられたジャケットは120基分で全体の6割程度に過ぎなかったが、それでもジャケットの上に立つと海面が見えなくなった。 岩盤にまで到達した杭のおかげで、近くでクレーン車など重機が動いていても床が揺れることはない。自分が海の上にいることを忘れてしまうほどだ。

 

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ジャケットをつなぎ合わせている海上の工事現場 (写真:村田和聡)

 

41カ月しかない施工期間

 今回の拡張工事の総事業費は5700億円にも上る。現在、日本国内で進行している建設事業の中でも最大級の1つだ。

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海上の工事現場の上を飛行機がひっきりなしに飛ぶ (写真:村田和聡)

 

 大手ゼネコンの鹿島が幹事会社となり、海洋土木や港湾建築工事を引き受ける建設業者(マリンコンダクター)や鉄鋼会社など15社が「羽田再拡張D滑走路建設工事共同事業体」を結成して工事を進めている。

 これだけ大きな事業であれば、通常なら7~8年の施工期間が設定されるところだが、今回はその約半分の41カ月(3年5カ月)しか与えられていない。しかも、今回の工事には羽田空港特有の難しさがあった。

 

  最大の課題は、工事に使う重機に「高さ制限」があったことだ。D滑走路のすぐ横には、ラッシュ時ともなると2分に1回の頻度でジャンボジェット機が離発着を繰り返すA滑走路とC滑走路がある。そのため、飛行機の運行を妨げないよう、クレーンなどの高さが厳格に制限されていたのだ。

飛行機の飛ばない夜間であれば背の高い大型重機も使えたが、昼間の時間帯も工事を進めなければ短い工期に間に合わない。そこで今回の工事用に特別に改造された重機も投入された。その1つが、ジャケットを据え付ける「低頭起重機船」だ。

 

37号ブログ写真⑧.jpgジャケットをつり上げる低頭起重機船。今回の拡張工事のために改造して高さを低く抑えた (写真:村田和聡)

 

  陸のクレーン車に相当するのが起重機船である。低頭起重機船はクレーンに相当する部分が途中から曲がったような構造になっている。 高さ35メートルのジャケットを釣り上げた状態でも、海面からの高さが50メートル程度になるように設計されている。これならば、滑走路近くの厳しい高さ制限にも抵触することはない。

 

発着能力は年間10万回増えて約41万回に

 起重機船以外にも羽田空港周辺には「働く船」が集結している。 軟弱な地盤を改良する「サンドコンパクション船」や資材を運搬する「バージ船」などが頻繁に往来する羽田沖は、さながら海の工事現場とも言うべき様相を呈している。

 共同事業体で接続部・桟橋工区の田中秀夫所長(鹿島から出向)は「東京湾の中でも、とりわけ羽田周辺は航行する一般の船舶が多い。作業船が安全に往来できるように、衛星なども駆使して運航を管理している」と語る。

 D滑走路の拡張工事は365日24時間休みなく続けられている。計画通りに工事が進めば、2010年10月に新滑走路の利用が可能となる。年間の発着能力を現行の30.3万回から40.7万回へと一気に34%も増えることになる。

 

 

 

 

中国就職事情(2)

「農村へ行け」と言われても...

 

また、"上山下郷(農村へ行け)"のスローガンの下、大学卒業生を農村官僚として登用する運動も 就職難を解消する方策として奨励されている。2008年に始まったこの運動に応じて農村官僚になった大学卒業生は2009年5月末時点で既に13万人に達したと公表されている。

大学卒業生には農村官僚となることで大学4年間の授業料免除や補助金支給など種々の優遇措置が供与されることになっているが、大学卒業が都市居住権の確保という一面を持つことから、中国政府の掛け声とは裏腹に農村行きを志願する応募者は極めて少ないのが実態である。

 これには、「一度農村へ行けば二度と都市には戻れない」という恐怖感も大きく作用しているようだ。(注2)

(注2) かつて中国では大学卒業時点で"分配"と呼ばれる就職先の振り分けがなされ、農村行きを命じられた者が都市に戻ることは厳しく制約された。大学生の親たちにとってこの昔の記憶は抜きがたいものがあり、子供の農村行きには大反対するのが常である。

 

 700万~800万人の就業を確保して就職難を解消することが至難の業であることは自明の理だが、高等教育を受けた大学卒業生の失業者が野に満ちれば、社会不安が増大することもまた自明の理である。従い、中国政府としては大学卒業生の就業率を高めねばならず、そのためには2009年のGDP成長率8%以上を確保することが必要なのである。

 2009年大学卒業生の卒業半年後の就業率がどうなっているか、今後の中国経済の動向を見つつ就業率も見極める必要がある。

 

「大学卒業生=エリート」という思い込み

 さて、1930年代の大学卒業生の失業はエリートとして高給待遇を求める理想と現実の乖離によるものであったが、現在の大学卒業生の失業は理想の追求を許さない現実によるものである。

 30年代には大学卒業生は極めて限定されたエリートであったし、49年の中華人民共和国成立以降も大学卒業生は依然としてエリートとして遇された。ところが、99年を起点として大学の入学枠が拡大されたことで大学生は従来のエリートの地位から滑り落ちることとなった。

 しかしながら、親たちは「大学卒業生=エリート」という従来の考え方から抜けきれず、無理をしてでも子供を大学へ入学させて卒業後の将来に過大な期待を抱く。子供たちはこれに応えようと努力するが、就職は思い通りにいかず、就職戦線をさまようこととなる。 「大学卒業生=エリート」という思い込みが払拭されるまで、中国の就職戦線は膠着状態を続けるだろう。 と結んでいる

我々日本人は、日本の大学卒業生数が56万人で、卒業生数だけでも中国の2008年559万人は日本の約10倍であることを肝に銘じて少子高齢化社会を乗り越えて、人口を最低でも維持していくことを真剣に考えなければならないと思う。

 

読売新聞掲載

 7月27日(月)付読売新聞の7ページに【中小エクセレントカンパニー】という表題の記事に当社が 紹介されました。7月初め頃電話で取材の申し込みがありました。記者の方によると常陽銀行で情報を得て取材対象会社にピックアップされたそうです。10日(金)10時に来社され、最初当社の会社概要を10分位パワーポイントで説明し、創業時から現在に至るまでのことを熱心に質問されました。私にとって一般紙の取材は初めてなので、記者さんが理解しやすいように出来るだけ専門用語や業界用語は使わないで、質問に答えるようにしました。勉強熱心な方で事前に協立製作所のホームページをチェックし、我々の業界の事情を理解した上で記事にしようとしていました。約1時間半質問が終了し、1時間程工場見学を行いました。見学終了後1時間くらい最近の世相の意見交換を行い、私にとっても有意義な時間を過ごしました。

最初、20日(月)に掲載されるとのことでしたが、数日前に27日(月)に変更になると連絡がありました。読売新聞茨城版に記事が掲載されると思っていたのですが、全国版に載っていましたので、いろいろな方からお電話を頂戴しました。東京に住んでいる会長に連絡したところ「記事は見逃してしまったが、何年も前に協立本社を退社した人が協立製作所の記事を見て、懐かしくなって電話をしてきた」とのことでした。私も25年前に大変お世話になったお客様から電話を頂戴し、近況報告や励ましの言葉を頂きました。

【中小エクセレントカンパニー】をキーワードに記事を書かれていましたので、私にとっては恥ずかしいものでした。なぜかというとエクセレントカンパニーは総合力の優れた企業に使われる言葉です。まだ当社にはふさわしくありません。しかし私は常々社員に「中小企業から中堅企業に脱皮しよう」とか「中堅企業にふさわしい仕事のやり方に変えていこう」と話しています。将来真にエクセレントカンパニーと呼ばれる会社を目指して頑張って行きたいと思います。

 

 

 

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中国就職事情(1)

世界同時不況は中国に大きな影響を及ぼしてきている。かねてより中国は8%以上の経済成長を 維持しないと失業問題が発生し、失業者が増えてくると社会不安が増してくる。中国は世界の工場として発展した表の顔と格差問題や公金横領の横行など不正社会の裏の顔も持っている。失業問題をきっかけに各種の不満が爆発し、各地で暴動が頻発に起こってくる。その為、中国政府はあらゆる方策を使って8%の成長を達成しようと躍起になっている。しかし、大学生の失業問題は深刻で、早晩大きな問題に発展する可能性が出てきた。

 

中国の大学生の就職事情について、日経ビジネスに掲載された北村豊氏(住友商事総合研究所 中国専任シニアアナリスト)の記事を紹介していきたい。

 

 大学卒業生数は2003年から毎年約60万~80万人のペースで増大している。直近の2007、2008年で見てみると、大学卒業生数は、2007年が495万人、2008年が559万人であったが、それぞれ未就職のまま失業者となった人は、2007年100万人、2008年150万人と言われている。

 

 2009年の大学卒業生は611万人であるから、これに上述した就職浪人を加えると700万~800万人が2009年の就職戦線の参加人数となる。2008年の日本の大学卒業生数は56万人であるから、卒業生数だけでも中国の2008年559万人は日本の約10倍である。

 

 日本の場合は2009年も大学卒業生数はほぼ横ばいの56万人であったと思われるので、中国の2009年611万人は約11倍となる。そこに就職浪人が加わると、その比率はさらに拡大して12.5~14.3倍となるわけで、いかに中国の就職戦線が厳しいかが理解できると思う。

 

大学数が10年間で886校増

 

 こうした大学卒業生の急増、それはひとえに大学数の増大に起因する。1998年に1022校であったものが、2007年には1908校と886校も増えた。これに伴い1998年に341万人であった学生総数は、2007年には1885万となり10年間に1544万人も増大したのである。

 

経済成長著しい中国はその指標であるGDP(国内総生産)が1998~2007年までの10年間で平均9.63%の伸びを示したが、だからと言ってすべての大学卒業生に大学卒業生としての矜持を保つ形で就職させるだけの体力を雇用する側の中国企業が備えているかというと否である。

 

ただでさえも即戦力の人材を求める中国企業は、もともと実務経験のない新卒者の採用を好まない傾向が強かったが、世界金融危機の影響による経済不況はさらにその傾向を強め、中国企業の新規採用予定数は大幅に削減された。

 

こうした前提条件下で愛知県の人口741万人と同規模の700万~800万人が就職先の争奪戦を繰り広げているのが、中国の2009年就職戦線である。

 

国有企業が20万3000人雇用する計画

 

 2008年12月20日に北京航空航天大学で挙行された「日中青少年友好交流年」の閉幕式に参加した国務院総理の温家宝は、その後に同大図書館で開催された学生代表との懇談会で次のように述べた。

 

来年の大学卒業生はおよそ650万人だが、来年の経済成長率の目標を8%として計算すれば、経済成長率1%当たり100万人の就業問題を解決できるから、最大努力すれば900万人の就業問題を解決できる。この900万人には650万人の大学生が含まれているので、我が国政府は大学生の就業を解決すべき課題の先頭に置かねばならない。

 

こうした背景の下、中国政府は大学卒業生の就業率を増大させるべく種々の方策を繰り出している。

 

2009年5月26日、国務院国有資産監督管理委員会は傘下の中央企業(注1)99社が2009年大学卒業生を合計20万3000人雇用する計画であると発表した。この数字は昨年の雇用人数の7.08%増であり、世界金融危機による不況下にあることを考慮すると中国政府の「就業率」引き上げのための配慮ということができる。

 

(注1)中央企業:国有資産監督管理委員会直属の国有企業、その数は2009年5月末時点で138社。

 

心に留めておきたい"30"の言葉

 大前研一『ニュースの視点』2009/7/28特別号に、心に留めておきたい"30"言葉というのがありました。この"30"言葉は、私の59年の人生の節目で体験したこと、全てに当てはまります。改めてこの"30"言葉を思い返して今後の糧にしていきたい。


 1.安楽な日々は過ぎ去る、充実した日々は積み重る

 2.楽を求めるほど苦しくなり、夢に向かうほど楽しくなる
 3.うまくいかないことを楽しめた時、成果は最大となる
 4.決意は伝えなくとも伝わる
 5.罰を与えず、夢を与える
 6.苦境に挑む姿が他人を育てる
 7.明日やるというウソ
 8.歩き出すと道が見えてくる
 9.できない理由はできる理由
 10.批判に感謝した時、批判は消え去る
 11.成長するほど他人の長所が見えてくる
 12.万策尽きた時、あきらめないという名案がある
 13.とことんやると他人と違うものになる
 14.一粒の雨が海になる、一粒の汗が未来になる
 15.何でもとことんやると自分らしくなる
 16.どんな時でも手法は百万通りある
 17.商品に魂が入ると作品になる
 18.大事なものほど身近にある
 19.すべては自分で選んだこと
 20.他人を変える最良の方法は、自分を変えることである
 21.無駄な努力はない、成果は出ずとも成長している
 22.決意とはいかなる困難をも受け入れること
 23.できるかできないかではなく、やるかやらないか
 24.信用とは努力である
 25.限界は自分でしかつくれない
 26.今までより、今から
 27.何をするのかよりも、なぜするのか
 28.謙虚な者ほど大きく見える
 29.大変とは、大きく変わること
 30.本当に自信がある時は腹が立たない

 

皆さんも一つ一つの言葉を自分の体験に当てはめ、体験していないことは経験としてこの言葉を大事に記憶してください。我社の社員に贈ります。

 

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上海出張

月20日から23日の予定で上海協立に行ってきました。昨年の12月に訪問してから約7ヶ月ぶりになります。1990年に上海協立機械部件有限公司を設立してから7ヶ月も訪問しなかったのは今回が初めてです。上海に会社を作った経緯は後日「上海への道」で連続して述べて生きたいと思います。

 

33号ブログ写真①.jpgのサムネール画像上海協立機械部件有限公司の張恵強総経理(社長)と呉敏財務部長を紹介します。 張総経理は日本人以上に「ものつくり」大好き人間で、工程設計・冶具設計・工具設計・NC旋盤やマシンニングセンターの段取り・機械設備の修理等に精通している珍しい上海人です。私との付き合いは22~23年になりますが、中国社会の激しい変化の中を、生き抜いているたくましい人です。

 

33号ブログ写真②.jpgのサムネール画像 呉財務部長は上海協立を設立して半年後に入社した人です。会計士の資格を持ち、 上海協立が輸出型の企業で通関業務を円滑に行う必要性から、通関士の資格を取り、交渉力のある優れた女性です。

 

33号ブログ写真③.jpg月22日、上海は皆既日食が見られる地域の一つでした。お客様の事務所があるビルの一室で打合せをしていたとき、急にあたりが暗くなり、窓から見える景色は真っ暗で高架道路を走る車のヘッドライトが印象的でした。あいにく朝から曇りで小雨がぱらついていたため、皆既日食はテレビで見ました。

 

中小機構調査研究報告書

 経済産業省の外郭団体である独立行政法人中小機構基盤整備機構経営支援センターより中小製造業の技術経営に関する調査研究報告書が届きました。今年の初めに中小機構から調査研究のためインタビューの申し入れがあり、先進事例集の23事例の中の1事例として㈱協立製作所が取り上げられましたので、紹介します。

 

先進事例23事例では、①技術範囲の拡大型②技術の専門型③自社製品開発型④事業構造の再構築型⑤用途開発型の六つのパターンとその複合型に分類しています。弊社の場合は、「技術範囲の拡大型」で「生き残るために単加工から一貫生産、提案型企業へ」と題して(1)企業概要(2)創業以来の大きな技術変化(3)バブル崩壊以後の大きな技術変化(4)長期視点の技術戦略(5)技術マネジメント(6)国際化への対応(7)知的財産の活用(8)まとめ の八項目で我々の企業を分析しています。

 

㈱協立製作所という企業を客観的に分析した研究報告書を読んでいくと、自分達では気がつかない事が多々あり、大変参考になりました。また22事例の他のパターンの企業の調査報告書を拝見すると、㈱協立製作所の将来の方向性を探る一助になると思いました。

 

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リーマンショックから9ヶ月

 2008年9月15日、リーマンブラザーズが破綻して9.5ヶ月が過ぎました。最近では大手企業の社債発行が活発になり、資金調達は一服感があるものの、中小企業にとっては厳しい状況が続いている。中小企業に対する融資は政府系金融機関が存在感を際立たせ、体力のある地銀は地域経済を支えるため頑張っている。しかしメガバンクは中小企業に厳しい融資態度を取り続けていると云われています。

 

景気動向を整理すると「景気基準日付」では、2007年11月から後退期に入っていることが分かります。当社は2007年に3回の増築、生産機械の投資を行い2008年10月から上期比20%の増産要請に対する準備を行っていました。しかし景気は2007年11月から後退し始めています。マクロとミクロとでは業種や業種間の格差そして外需の依存度等によって時間差が発生しますので、この差を経営者がどのように判断していくかが、不況になったときの対応に現れてくると思います。

 

 昨年までの好景気は2002年から始まった輸出主導の景気でした。好景気といっても年率2%程度で、一般的に好況感を実感できるのは5%以上と言われていますので、好況感の薄い成長でしたが、2007年10月が景気の山で、そこから下り坂になったとのことです。言い方を変えると昨年はもう不景気が始まっていたことになります。2007年11月から不景気に突入していたとすると、もう20ヶ月たっています。戦後の景気循環の平均後退期が17ヶ月ですから、景気は回復してもいいはずですが、よくなっていません。後退期間の最長が36ヶ月、2番目が1991年に 起きたバブル崩壊時の36ヶ月、3番目が1997年に起きた日本の金融危機時の20ヶ月、100年に一度の出来事と言われていますので、もう少し先になるのかなと思います。3月頃が底で最近上昇し始めたようですが。

 

 お客様である建機・油機メーカーは急激に積みあがった在庫を削減するため、大変厳しい生産調整をしてきましたので、計画より数ヶ月遅れましたが、9月に在庫調整の目処をつけ10月から需要数と生産数が一致すると思われます。10月から回復といっても2008年上期の50~60%程度と予想していますが、損益分岐点売上高を 1/3程度にまで改革しましたので、売上のV字回復は望めませんが、損益のV字回復は可能と考えています。この厳しい期間、我々は生産管理改革プロジェクトを完遂し、仕組みで仕事が出来る体質に変え、5STPM活動をベースに全員参加で乗り切っていきます。もう少しの辛抱です。

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5S優秀賞受賞

月17日、お客様のKPM(カワサキ・プレシジョンマシナリー)殿の協力会である「KPM5Sファミリー会」の総会において、5S優秀賞を受賞しました。これもお客様が目標を掲げ、企業体質強化の基本である5S活動を推進した結果と感謝しています。

 

KPM5Sファミリー会24社を6社4班に分けて、期間は1年で自主的に5S活動計画を策定し、自社の自己評価を点数で表し、相互訪問を繰り返しながら、レベルアップを図っていく方法を取りました。優秀賞を取得するためには自ら取得の意志を表明すると、お客様の審査員3名が来社し、審査を行っていきます。今回は9社が優秀賞、3社が最優秀賞を受賞しました。来年こそ最優秀賞を目指して全員参加で頑張っていきます。

 

私共の会社は2007年9月14日に5S活動キックオフ宣言を行いました。

当日、研修室において 

 

 1.5S活動キックオフ宣言および御講話 (社長)

 2.5Sの基本と活動の進め方 (工場長)

 3.チームリーダー任命状授与 (社長)

 4.各チームリーダーの決意表明 (各チームリーダー)

 5.第1ステージ活動の事務連絡 (事務局)

 

以上の手順で決意表明を行いました。

推進体制は本部長が社長、副本部長が工場長、事務局長を置き、6名のブロックリーダーと24名のチームリーダーを決め、6ブロック・24チームの小集団を組織しました。3ヶ月に1回各ブロックの代表を1チーム選抜し、7チームで発表会を行い、審査員6人でルールに基づいた点数表で採点し、優秀賞1・準優秀賞1・努力賞2・選抜賞2を決めて、金一封を添えて表彰します。従って「KPM5Sファミリー会」の5S活動は会社方針と合致した活動といえます。

 

当社では、2009年6月から5S活動が定着してきたので、TPM活動へ移行しました。TPMとはTotal Productivep Maintenance & Management「全員参加の生産保全・全員参加の生産経営」の略称で、目的は製造企業が持続的に利益を確保できる体質づくりをねらいとして、人材育成や作業改善・設備改善を継続的に実施していく体制と仕組みをつくるためのマネジメント手法です。日本プラントメンテナンス協会によって1971年に提唱された日本生まれの方法論で、同協会の登録商標だそうです。

 

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2009年度6月度朝礼

先週末のマイナス在庫件数は13件、個数は-1287個となりました。急ぎだからという理由で伝票無しで、安易に作業する習慣がマイナス在庫ゼロにならない原因の大半です。必ず現品には伝票を付けて作業してください。マイナス在庫ゼロを達成して、システムの信頼性を高めるためには、ルールを守りきることです。ルールを守らない人がいると全体が迷惑し、システムで仕事が出来なくなり、作業効率がはなはだ低下します。ルールを守らない人は守れない理由を明確にしてください。理由が明確になれば問題を解決することが出来ます。問題を解決することが出来れば、システムで仕事が出来るようになります。我々が目指している仕事のやり方を変えることが出来ます。

 

今月から5S小集団活動をTPM活動に移行させます。5S活動はTPM活動を行うための土台作りです。その土台が出来ましたので,TPM活動に移行することが出来るわけです。従って5S活動が不十分な部署は「すぐやる・必ずやる・出来るまでやる」の精神で活動してください。土台が不十分ですと出来上がった家は傾いたり、最悪は倒れてしまいます。TPM活動で会社の仕組みを作るのも同じことです。

 

TPMとは「全員参加の生産保全・全員参加の生産経営」の略称です。TPMの目的は、製造会社が持続的に利益が確保できる体質づくりを狙いとするマネジメントの方法です。全員が参加し重複させた小集団活動により、「災害ゼロ・不良ゼロ・故障ゼロ」など、あらゆるロスを未然に防止する仕組みを現場で現物を見て構築していくことです。ロスには1.故障ロス2.段取り・調整ロス・3.消耗品交換ロス4.立ち上がりロス5.チョコ停・空転ロス6.速度低下ロス7.不良・手直しロス の7つの大きなロスがあります。これらのロスをゼロにするため、推進組織を制定しました。推進本部長は社長、副推進本部長は工場長、事務局は佐々木工場長付そして6人の部会長で構成された委員会が、月に1度推進状況チェックをしていきます。8本柱の専門部会と改善対象の内容別に22のチームを編成し、部会毎の進捗状況のフォローは、推進事務局と各部会長が毎週1回行います。最初に現状の状況を把握し、ベンチマークを求め、TPM活動の達成すべき目標を明確にし、活動計画を策定します。このTPM活動を成功させることが協立の体質を強化し、「中小企業から中堅企業」へ脱皮するための活動と強く信じています。

現在厳しい状況が続いていますが、TPM活動を通して強い体質の会社を作っていきましょう。

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