マラソンへの道ファイナル③

一念発起してスポーツクラブに入会した私は、目標を定めて運動と食事の総カロリー削減のダイエットを始めた。体重は79.5kgから69kg、ウエストは95㎝から85㎝以下、見た目の体形を重視することを目標にした。筋力トレーニングと食事を中心とするダイエットを始め三ヶ月を経た頃、ランニングマシンを併用するようにした。筋力トレーニングでは器具を使って胸・背筋・臀部・太ももの運動、腹筋は腰痛を防ぐために、3種類の方法を行った。もちろん最初はトレーナーに教わった。2週間を過ぎた頃には周囲の人の運動を見て、真似をして覚えた。週23回筋トレを行い、2ヶ月位過ぎたある日、筋トレ後のシャワーで汗を流し、バスタオルで体を拭いていた姿を見ると、お腹回り、特に腹筋のある両サイドが窪んでいるのが見て取れた。うれしかった。

 

3ヵ月以降は筋トレとランニングマシンを併用することにした。最初は1時間5㎞のスピードで、6㎞に上げ、更に7㎞に上げた。もう小走りに走らないと追いつかなくなった。スポーツ飲料を飲みながら1530分行うと汗が大量に出る。半そでのシャツが胸くらいまで、汗で濡れて来るのが良く分かる。半年後には筋トレ1時間、ランニングマシン1持間の計2時間をこなすようになった。この頃には8㎞のスピードで1時間走り続けることが出来るようになった。1時間も走っているとシャツの汗は、手で搾ると床に落ちるくらいだった。いままでの不摂生がたたり、メタボ状態の体は、あたかも水ぶくれになっていたかのようだ。少しずつジョギングからランニングが出来るようになり、調子のよいときは10kmの速さで1時間走れるようになった。この時のランニングによるカロリー消費量は約1,000キロカロリーである。1年が過ぎ、体重は79.5kgから69.5kg、ウエストは95㎝から83cmとなりほぼ目標を達成することが出来た。

 

二次的効果として胸囲は95㎝から100cm、体脂肪率は20を切るようになった。血圧は13885だったのが、12575に下がり、30代の頃の血圧に戻った。毎年行っている人間ドック検診で、医者から血液検査も含めて、1年前とは劇的に改善しているので、びっくりしていた。どのようにしたのか聞かれたので、食事と筋トレ+ジョギングのダイエット法を実施していると説明したが、ニンジンとリンゴのミックスジュースについては良く理解していない様に見受けられた。石原医師のことは特に話さなかった。完全な健康体ではないが、還暦直前の年齢を考えると、大変良いとお褒めの言葉をいただいた。50代後半から運動を始めると60代、70代を健康な生活が出来る可能性が高くなりますといわれた。

 

マラソンへの道ファイナル②

 そしてもう一つ大事なことは筋力をつけることである。私たちは若いときいくら食べても太らない時期がありました。それは筋肉の量が多く、常にカロリーを消費しているので、太らない。私も若いときには寝ているだけで、朝目覚めたとき体重が減少しているという体験があった。年とともに運動の量が減り、脂肪がつき、筋肉の量が少なくなり、基礎代謝が落ちて体重が増える。であるから食事療法だけでダイエットを行うと体を壊すことがあるというのだ。

 

「食べない健康法」をよく読み、自分のアレンジも加えて実践した。正しくはニンジン2本とリンゴ1個をジューサーでミックスジュースにするのだが、ジューサーの掃除が面倒なので、ニンジンとリンゴジュースをスーパーで買い求め、2対1の割合でミックスにしたジュースを、コップ1杯、紅茶に生生姜の摩り下ろし少々と黒砂糖をいれた生姜紅茶を作り、ヨーグルトと共に朝食とした。白い砂糖はいろいろな添加剤を使用しているので、使わない。黒砂糖は添加剤を使用しないので、ミネラルが豊富だ。昼食はだいたいザル蕎麦、夕食は普通にとった。11回は満腹感が得られるので、長く続けられる。10日くらいたったある日、真っ黒い便が出た。これはニンジン・リンゴジュースにより食物繊維を豊富に取っているので、宿便が取れたのだ。

 

 

そんな時、免許更新の案内がきた。更新手続きが終わり、帰る途中にスポーツクラブを目にした。筋力トレーニングを具体的にどのように進めていくか決めていなかったので、思い立って直ぐ入会した。自宅から15分、こんな近いところにスポーツクラブがあるのに気が付かなかった。興味がないと目の前にあっても気がつかない典型だ。平日は夜10時まで営業しているのも、私にとっては都合が良い。ダイエットを始めたときの基礎代謝は1,550キロカロリーだった。それまで成人男性の1日の摂取カロリーは2,500キロカロリーと言われていたが、正確に摂取カロリーは把握していたわけではない。そこで大まかな食事のカロリーを勉強し、レストランなどのメニューでカロリー表示を意識して覚えるようにした。1日の摂取カロリー2,000キロカロリーを目標にした。家庭の夕食は約1,000キロカロリー、昼食の蕎麦は500キロカロリー、その他500キロカロリーが大まかな目安だ。当然晩酌はしない。このままで行けばすぐに体重は落ちるのだが、週の内34回は外食がある。特に宴会料理は危ない。お酒も入れると一度に2,5003,000キロカロリーは摂取してしまう。

                                                                                                                 

マラソンへの道ファイナル①

マラソンへの道をこの5年間歩んできた。公式レースはフルマラソン3回、10マイル(16km)3回出場したが、怪我と仕事との両立に限界を感じ、マラソンへの道を終了することにした。昨年、両親が長年住みなれた東京都大田区の家から、私の自宅近くの介護付老人ホームに転居して来たことも、時間が取れなくなってきた一因である。

 

昨年の7月末、早朝の練習中5km付近で、突然右ふくらはぎが激痛に襲われ、あまりの痛さに5分ほど動くことが出来なかった。直感的に肉離れをやったと思った。すぐ医者に行き、治療を受け、テーピングを足裏から踵、ふくらはぎまで行ったところ、痛みは治まった。2週間ほど治療を受け、日常生活は影響がないまでに回復したが、肉離れは癖になりやすいから気をつけるようにと医者からアドバイスがあり、年内はジョギングさえもおこなわなかった。今年の4月暖かさが感じられる頃に、散歩とジョギングを行ったが、体が大変きつく、両膝に違和感を覚えてきた。やはり長期の練習中断は想像以上に、体の回復を遅くしていた。年のせいかなと思いつつ、何度か練習を行ったが、やはり体が思うように動いてくれない。仕事との両立がきつくなってきたので、マラソンの練習として走ることは止めることにした。

 

振り返ってみると、マラソンへの挑戦は59歳のときに思い立った。58歳のとき体重が79㎏超になり、健康を気にし始めた頃、銀行のセミナーで「食べない健康法」の著者である石原医師の講演を聞いたのがきっかけとなった。石原医師はご自分でも実践している健康法を分かりやすくお話しされ、現代人はカロリーの取りすぎによることが病気の原因である。その為には一日の総カロリーを抑え、ほとんどの栄養素をバランスよく取れるニンジンとリンゴのミックスジュースを朝コップ一杯、そして一日の脳の栄養源である糖分を取るため、紅茶に黒砂糖と生生姜を摩り下ろして飲む。

 

生生姜は体温を上げる作用があるので、免疫力を上げることが出来る。昼はザル蕎麦を取る。理由は忘れたが、そばは糖質がないので良いのだと思う。夜は何を食べてもよろしいといわれた。本当は朝十分な食事を取り、夜の食事は少ない方が良いのだけれど、会社を経営している立場の人は一日の生活が不規則で、夜の付き合いも多いのだから、良い事をいくら言っても実行は出来ない。であるから一日の総カロリーを抑制した方が良いのだと云う主旨だった。

 

一時帰休解除

昨年前半から急激に受注が減少したため、やむを得ず雇用調整助成金の申請を行い、 10月から毎週金曜日を一時帰休日とした。その為、協立の経営に不安と不満を持った社員が、自ら新たな道を選んで会社を去っていった。一時帰休を実施するに当たり、経営者はもちろん管理者層にも減給をお願いした。この間、大変苦渋の選択をいくつもせざるを得なかった。月・月若干の受注回復基調と社員の減少で操業を維持できるようになったので、20日をもって一時帰休を解消し、通常勤務に戻ることにした。


年前の11で工場や社員の家も被災した。工場は社員と200人を超える応援者のおかげで、週間足らずで復旧を果たすことが出来た。その後、急激な受注の増加で生産が間に合わず、設備投資と人員の増強も行ったが、お客様に迷惑をかけてしまった。この年の売上高は過去最高を記録したが、人員の増加が利益に結びつかず、計画を下回ってしまった。ようやく体制が出来上がった時には、先行きの需要に陰りが見え始め、一時帰休の決断をせざるを得なかった。


世界の経済が結びつき、グローバルという言葉が一般化して久しい。私共のお客様はほとんどグローバル展開をしているので、約年にわたる超円高はお客様の経営を圧迫し、我々サプライヤーも生残りをかけてコストダウンに取り組んできた。しかし変化が早いこの時代に対応するのは大変である。しかしダーウィンの進化論にあるように、「最も大きいものが生き残るのではなく、最も強いものが生き残るのでもない。環境に適応できるものだけが生き残る」を肝に銘じて。


茨城県経営者協会年頭挨拶(2) 

【年頭挨拶全文】

新年明けましておめでとうございます。

私は昨年の定期総会において副会長に選出いただきました高橋でございます。

さて昨年の世界経済は欧州の債務問題、中国の景気減速に伴い、アジアの成長にも減速感が出てきました。このような状況の中、我々中小中堅製造業は、新興国との競争にさらされ、大変厳しい状況が続いています。このような製造業の立場から、経営者協会を通して情報を発信していくことが、副会長としての私の役割だと思う。

中小中堅の製造業にとって超円高が長引く中、現在の日本の法制度、法人税、CO2排出規制等の環境規制、経済連携の遅れ、そしてエネルギー政策は、誤解を恐れずに申すならば、「製造業は国内から出て行け」と言っているに等しいと思う。今年度中にも質の高いTPP交渉に参加しないと、出来上がったルールを受けいれるか否かの二社択一の選択しか出来なくなり、それこそ国益を損なうと思う。戦後の日本の繁栄は、自由な貿易が出来ることで可能になったのだから、相手の国で商売をさせてもらっているなら、日本でも相手を受け入れなければならない。難しい問題が多くあることは承知の上で、これを乗り越えなくては、将来豊かさを維持出来なくなり、日本は今の豊かさに負けた国として記憶されてしまう。

今後、世界のそして日本の経済動向は予断を許さない状況ではありますが、内向き・下向き・後ろ向きの中からは不安と絶望しか生まれてきません。外向き・上向き・前向きの中からこそ希望が生まれてきます。皆様と一緒に頑張ってまいりましょう。

茨城県経営者協会年頭挨拶(1)

昨年の定期総会において副会長に選任され、最初の新年号の年頭挨拶を寄稿した。

年頭挨拶は会長・鬼澤邦夫氏(㈱常陽銀行 代表取締役会長)、茨城県知事・橋本昌氏、経団連会長・米倉弘昌氏の挨拶に続いて、副会長の小濱裕正氏(㈱カスミ 代表取締役会長)、佐藤修二氏(㈱日立ライフ 取締役社長)、木村和弘氏(日鉄住金鉱化㈱代表取締役社長)、そして私は「外向き・上向き・前向きの中から希望が生まれる」と題し年頭挨拶を行い、最後に専務理事・清水賢一氏で締めくくられている。

会報誌「茨城経協」は26ページで県内の情勢・報告が多数掲載され700社を超える経営者の貴重な情報誌になっている。

 

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平成25年筑西市商工会会報に寄稿(2)

「新年明けましておめでとうございます。

㈱協立製作所は、建設機械に使用される油圧機器及び油圧部品を専門に製造している会社です。

さて昨年の世界経済は欧州の債務問題、中国の景気減速に伴い、アジアの成長にも減速感が出てきました。このような状況のなかで中小中堅の製造業は、新興国との競争にさらされ、大変厳しい状況が続いています。更に超円高が長引く中、現在の日本の法制度、法人税、経済連携の遅れ、そしてエネルギー政策による電気代の高騰は、誤解を恐れずに申しあげるならば、「製造業は国内から出て行け」と言っているに等しいと思う。

私が㈱協立製作所に入社してすぐに、第一・第二次のオイルショックに見舞われ、1985年プラザ合意による円高ショック、90年のバブル崩壊、97・98年の金融危機、2008年のリーマンショックと過去6度の困難を乗り越えてきました。今回の不況は何と呼ばれるか分かりませんが、リーマンショックに匹敵する不況と認識しています。その中で常に「挑戦と創造」をキーワードに現実を直視し、乗り越えて来ました。

今後、世界のそして日本の経済動向は予断を許さない状況ではありますが、内向き・下向き・後ろ向きの中からは不安と絶望しか生まれてきません。外向き・上向き・前向きの中からこそ希望が生まれて来ると信じています。明日を信じ社員がベクトルを合わせて挑戦してまいります。」

 

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平成25年筑西市商工会会報に寄稿(1)

昨年、12月末に筑西市商工会から会報誌「あじさいメール」1月号に、「平成25年を迎えて」のページに寄稿してほしいと依頼があった。

あじさいメールは8ページで構成されていて、橋本会長挨拶、平成25年を迎えて、協和商工会レポート、会員研修会報告・女性部華道講習会、筑西市警察より・筑西市賀司交歓会、さぁ、出かけましょう、確定申告の留意点・税務相談開催、会員情報・事務局便り と地域密着の情報を掲載している。筑西市は下館市・協和町・関城町・明野町の 1市3町が合併し、商工会も3町が合併し筑西市商工会、下館市は商工会議所が単独で運営している。橋本会長は協和町出身で旧知の方でもあるので、快く寄稿させていただいた。

以下、表紙、寄稿文、「平成25年を迎えて」を載せました。

 

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新春インタビュー(2)

Q-景気の流れを踏まえて、どのような取り組みを行っていきますか。

 

A-「厳しい見方をしており、リーマン・ショックに匹敵する対応が必要と考えている。すでに残業なし、一時帰休を実施している。時間に余裕が出てきたので、納期遅れゼロ、客先クレームゼロ達成に向けた人材育成の取り組みを強化している。リーマン、東日本大震災から立ち直って、12年は過去最高の売上を達成した。納期対応のための無理が、無駄を生む構図になっていた。製造業が世界との競争で、勝ち残るには人しかないと思っている。13年は一度リセットして改善活動や、社員教育をこれまで以上に強化する時期としたい」

 

Q-世界の景気の動きは予断を許さない状況ですが、一方の茨城県内の経済状況はいかがでしょうか。

 

A-「県内も楽観できない経済環境だと思う。12年11月末までで県内高校生の就職内定率は69.7%。1500人が、まだ内定をもらっていないと聞いている。 約150の茨城産業人クラブの会員企業でも、業種や企業規模、個別の事案に応じて、好不調それぞれあると思う。こうした時にこそ、産業人クラブの活動を通じて、会員間の意見交換を深めて、経営改善に、役立てて欲しい」

 

Q-茨城産業人クラブの13年の方針は。

 

A-「会員増強と、会員間におけるビジネス情報の交流の場の拡充、後継者育成などを毎年のスローガンとしている。昨年は、日立製作所など県内に立地する大手企業の生産部門の責任者による討論会『工場長サミット』の開催や、茨城県つくば市にある産業技術総合研究所との交流会などを実施した。また、ニッチ市場ではあるがトップシェアを持つ県内中小企業経営者数人による討論会や、新日鉄住金の鹿島製鉄所の見学会も行った。今年も趣向を凝らした取り組みを実施し、交流の場を実りあるものにしていく予定だ」

 

Q-会員各社にひと言お願いします。

 

A-「厳しい経済環境の時こそ、社会環境の変化に柔軟に対応することは不可欠。協立製作所の経営理念は『挑戦と創造』で、これは、私が協立製作所の社長に就任して以来、常に行動してきた結果を文字にした。常に挑み続け、立ち止まることのない経営を目指している。そのためには、茨城産業人クラブを軸にそれぞれの立場で情報交換し、経営の質を高め合うことが、私にとって、かけがえのないものになっている。内向き・下向き・後ろ向きの中からは不安と絶望しか生まれてこない。外向き・上向き・前向きの中からこそ希望が生まれてくると信じている」

「産業人クラブの一層の活性化が会員各社の経営・事業にも大きな刺激を与え、希望を見いだしていくと思う。先人たちの築いてきた産業人クラブの歴史をさらに発展させるよう微力だが、力を注ぎたいと思う。今年も会員のみなさまの協力をお願いしたいと思う」

 

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