中小機構調査研究報告書

 経済産業省の外郭団体である独立行政法人中小機構基盤整備機構経営支援センターより中小製造業の技術経営に関する調査研究報告書が届きました。今年の初めに中小機構から調査研究のためインタビューの申し入れがあり、先進事例集の23事例の中の1事例として㈱協立製作所が取り上げられましたので、紹介します。

 

先進事例23事例では、①技術範囲の拡大型②技術の専門型③自社製品開発型④事業構造の再構築型⑤用途開発型の六つのパターンとその複合型に分類しています。弊社の場合は、「技術範囲の拡大型」で「生き残るために単加工から一貫生産、提案型企業へ」と題して(1)企業概要(2)創業以来の大きな技術変化(3)バブル崩壊以後の大きな技術変化(4)長期視点の技術戦略(5)技術マネジメント(6)国際化への対応(7)知的財産の活用(8)まとめ の八項目で我々の企業を分析しています。

 

㈱協立製作所という企業を客観的に分析した研究報告書を読んでいくと、自分達では気がつかない事が多々あり、大変参考になりました。また22事例の他のパターンの企業の調査報告書を拝見すると、㈱協立製作所の将来の方向性を探る一助になると思いました。

 

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リーマンショックから9ヶ月

 2008年9月15日、リーマンブラザーズが破綻して9.5ヶ月が過ぎました。最近では大手企業の社債発行が活発になり、資金調達は一服感があるものの、中小企業にとっては厳しい状況が続いている。中小企業に対する融資は政府系金融機関が存在感を際立たせ、体力のある地銀は地域経済を支えるため頑張っている。しかしメガバンクは中小企業に厳しい融資態度を取り続けていると云われています。

 

景気動向を整理すると「景気基準日付」では、2007年11月から後退期に入っていることが分かります。当社は2007年に3回の増築、生産機械の投資を行い2008年10月から上期比20%の増産要請に対する準備を行っていました。しかし景気は2007年11月から後退し始めています。マクロとミクロとでは業種や業種間の格差そして外需の依存度等によって時間差が発生しますので、この差を経営者がどのように判断していくかが、不況になったときの対応に現れてくると思います。

 

 昨年までの好景気は2002年から始まった輸出主導の景気でした。好景気といっても年率2%程度で、一般的に好況感を実感できるのは5%以上と言われていますので、好況感の薄い成長でしたが、2007年10月が景気の山で、そこから下り坂になったとのことです。言い方を変えると昨年はもう不景気が始まっていたことになります。2007年11月から不景気に突入していたとすると、もう20ヶ月たっています。戦後の景気循環の平均後退期が17ヶ月ですから、景気は回復してもいいはずですが、よくなっていません。後退期間の最長が36ヶ月、2番目が1991年に 起きたバブル崩壊時の36ヶ月、3番目が1997年に起きた日本の金融危機時の20ヶ月、100年に一度の出来事と言われていますので、もう少し先になるのかなと思います。3月頃が底で最近上昇し始めたようですが。

 

 お客様である建機・油機メーカーは急激に積みあがった在庫を削減するため、大変厳しい生産調整をしてきましたので、計画より数ヶ月遅れましたが、9月に在庫調整の目処をつけ10月から需要数と生産数が一致すると思われます。10月から回復といっても2008年上期の50~60%程度と予想していますが、損益分岐点売上高を 1/3程度にまで改革しましたので、売上のV字回復は望めませんが、損益のV字回復は可能と考えています。この厳しい期間、我々は生産管理改革プロジェクトを完遂し、仕組みで仕事が出来る体質に変え、5STPM活動をベースに全員参加で乗り切っていきます。もう少しの辛抱です。

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5S優秀賞受賞

月17日、お客様のKPM(カワサキ・プレシジョンマシナリー)殿の協力会である「KPM5Sファミリー会」の総会において、5S優秀賞を受賞しました。これもお客様が目標を掲げ、企業体質強化の基本である5S活動を推進した結果と感謝しています。

 

KPM5Sファミリー会24社を6社4班に分けて、期間は1年で自主的に5S活動計画を策定し、自社の自己評価を点数で表し、相互訪問を繰り返しながら、レベルアップを図っていく方法を取りました。優秀賞を取得するためには自ら取得の意志を表明すると、お客様の審査員3名が来社し、審査を行っていきます。今回は9社が優秀賞、3社が最優秀賞を受賞しました。来年こそ最優秀賞を目指して全員参加で頑張っていきます。

 

私共の会社は2007年9月14日に5S活動キックオフ宣言を行いました。

当日、研修室において 

 

 1.5S活動キックオフ宣言および御講話 (社長)

 2.5Sの基本と活動の進め方 (工場長)

 3.チームリーダー任命状授与 (社長)

 4.各チームリーダーの決意表明 (各チームリーダー)

 5.第1ステージ活動の事務連絡 (事務局)

 

以上の手順で決意表明を行いました。

推進体制は本部長が社長、副本部長が工場長、事務局長を置き、6名のブロックリーダーと24名のチームリーダーを決め、6ブロック・24チームの小集団を組織しました。3ヶ月に1回各ブロックの代表を1チーム選抜し、7チームで発表会を行い、審査員6人でルールに基づいた点数表で採点し、優秀賞1・準優秀賞1・努力賞2・選抜賞2を決めて、金一封を添えて表彰します。従って「KPM5Sファミリー会」の5S活動は会社方針と合致した活動といえます。

 

当社では、2009年6月から5S活動が定着してきたので、TPM活動へ移行しました。TPMとはTotal Productivep Maintenance & Management「全員参加の生産保全・全員参加の生産経営」の略称で、目的は製造企業が持続的に利益を確保できる体質づくりをねらいとして、人材育成や作業改善・設備改善を継続的に実施していく体制と仕組みをつくるためのマネジメント手法です。日本プラントメンテナンス協会によって1971年に提唱された日本生まれの方法論で、同協会の登録商標だそうです。

 

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2009年度6月度朝礼

先週末のマイナス在庫件数は13件、個数は-1287個となりました。急ぎだからという理由で伝票無しで、安易に作業する習慣がマイナス在庫ゼロにならない原因の大半です。必ず現品には伝票を付けて作業してください。マイナス在庫ゼロを達成して、システムの信頼性を高めるためには、ルールを守りきることです。ルールを守らない人がいると全体が迷惑し、システムで仕事が出来なくなり、作業効率がはなはだ低下します。ルールを守らない人は守れない理由を明確にしてください。理由が明確になれば問題を解決することが出来ます。問題を解決することが出来れば、システムで仕事が出来るようになります。我々が目指している仕事のやり方を変えることが出来ます。

 

今月から5S小集団活動をTPM活動に移行させます。5S活動はTPM活動を行うための土台作りです。その土台が出来ましたので,TPM活動に移行することが出来るわけです。従って5S活動が不十分な部署は「すぐやる・必ずやる・出来るまでやる」の精神で活動してください。土台が不十分ですと出来上がった家は傾いたり、最悪は倒れてしまいます。TPM活動で会社の仕組みを作るのも同じことです。

 

TPMとは「全員参加の生産保全・全員参加の生産経営」の略称です。TPMの目的は、製造会社が持続的に利益が確保できる体質づくりを狙いとするマネジメントの方法です。全員が参加し重複させた小集団活動により、「災害ゼロ・不良ゼロ・故障ゼロ」など、あらゆるロスを未然に防止する仕組みを現場で現物を見て構築していくことです。ロスには1.故障ロス2.段取り・調整ロス・3.消耗品交換ロス4.立ち上がりロス5.チョコ停・空転ロス6.速度低下ロス7.不良・手直しロス の7つの大きなロスがあります。これらのロスをゼロにするため、推進組織を制定しました。推進本部長は社長、副推進本部長は工場長、事務局は佐々木工場長付そして6人の部会長で構成された委員会が、月に1度推進状況チェックをしていきます。8本柱の専門部会と改善対象の内容別に22のチームを編成し、部会毎の進捗状況のフォローは、推進事務局と各部会長が毎週1回行います。最初に現状の状況を把握し、ベンチマークを求め、TPM活動の達成すべき目標を明確にし、活動計画を策定します。このTPM活動を成功させることが協立の体質を強化し、「中小企業から中堅企業」へ脱皮するための活動と強く信じています。

現在厳しい状況が続いていますが、TPM活動を通して強い体質の会社を作っていきましょう。

GM連邦破産法申請か?

今朝のニュースでGMが債権者との交渉が不調に終わり、連邦破産法11条の申請に向けて動いていると報道がありました。4月28日、日本経済新聞の【大機小機】というコラムに日米自動車メーカーの経営者の意識の違いを述べていた。その内容は私が常々考えていることと同じなので紹介したい。

 

【米ビックスリーはなぜ凋落したのか。思いをはせると、日米自動車メーカーの経営者との意識の違いが浮かび上がってくる。過去に、何人もの世界の自動車メーカーのトップと会う機会に恵まれた。米企業の経営者と話しをしていて違和感を覚えたのは、車を「どれくらい売るか」ほどの執念を「どうつくるか」には感じられないことだった。

売上や利益を高める計画はどんどん口をついて出てくるのだが、生産現場の泥臭い話や開発秘話などはほとんどない。車という商品を使っていかにもうけるかで頭がいっぱいなのか。現場感覚が鈍く、この人は何の会社の経営者なのかと、首をかしげたくなるのもしばしばだった。】と述べている。私が米国の建機メーカーの中国工場を訪問した時に感じたことと同じものだった。続けて日本の経営者の考え方を端的に述べている。

 

【日本はどうか。トヨタ自動車名誉会長の豊田章一郎氏は社長・会長時代を通じ、新車開発の責任者に「エンジンの回る音に耳を澄まし、微妙な不具合を発見しろ」と説いた。先代の英次氏は経営の一線を退いた後も、トヨタが新車を出すたびに自らハンドルを握り、感想を現場に伝えた。

スズキ社長の鈴木修氏は「役員もみな毎日工場の空気を吸い、自分たちが何者なのか考える。だから本社を工場から離さない。」と言う。ホンダ社長の福井威夫氏は「温暖化に思い責任の企業である以上、低燃費は規制があるかどうかでなく使命」と話す。

ゼネラル・モーターズ(GM)をはじめビックスリーには年金・医療費の支払いや高賃金・労組との複雑な関係など様々な問題がある。だが環境車の開発や効率生産、原価低減、株式時価総額で日独の有力メーカーに遅れを取ったのは、経営者が現場を見ずに利を追った側面が大きい。】日本の製造業では現場主義は常識だが、日本以外の国では違っている。まさに日本の常識は世界の非常識である。

 

【GMのトップは三月に辞任したリチャード・ワゴナー氏まで四人中の三人が財務部門の出身。これに対して例えばホンダは六月末に新社長に就く伊東孝紳氏を含め、歴代社長の全員が研究開発部門である本田技術研究所のトップ経営者だ。自動車メーカーの盛衰を決める環境技術で開いた差は、決して偶然ではない。

米政府に支援を要請したGMとクライスラーの再建策づくりが大詰めを迎えている。手法が公的資金注入であろうが法的整理であろうが、二社の再生には現場に精通したトップの起用が不可欠だ。海外企業からの役員受け入れも予想され、それはそのまま世界自動車再編につながる可能性が高い。(三角)】

と結んでいる。今後のGMの動向を注意深く見ていきたい。

 

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               犬山市 4月7日

茨城経営者協会総会

茨城経営者協会423日(木)ホテルレイクビュー水戸にて定時総会を開催されました。総会に出席してきましたので、一部を紹介したいと思います。経営者協会の平成21年度の重点活動方針のなかで、基本的認識と活動方針は【昨年来の世界的な金融危機の中、グローバル規模で大不況の様相を呈している。県内経済も大不況の波に呑み込まれ、企業の業績は大幅に悪化し、多くの企業がかつてない窮地に立たされている。本年度は、「経営力向上、地域づくり、組織基盤強化」を活動の3本柱とする第5次中期運営要領の中間年であるが、経済環境悪化への対応を中核とした事業に重心を置き進めていくこととする。未曾有の難局を乗り切るため、企業間はもとより多方面での交流活動の拡充と会員企業が抱える経営課題の解決に向けた支援活動の強化を通じて、会員各社の「経営力」の向上を図ることを最重点事業として取組む。喫緊の経営課題である雇用問題については、関係機関との連携の下、積極的に対応し地域社会の安定につとめる。】とした。

経営力強化を4つのカテゴリーに分け、

1.ビジネス支援 

●経営者懇談会等でのビジネス交流の場の拡充

  ●茨城ものづくり企業交流会(先進企業・研究施設視察、勉強会)

  ●大学・研究機関との交流会

2.経営革新・人材育成支援

  ●経営革新を推進する経営者・経営幹部研修会

  ●製造現場のコストダウンに関するセミナー

  ●優良中小企業視察・事例勉強会

  ●ISOなど規格認証取得の支援

3.雇用管理支援

  ●経営・労務相談の強化

  ●担当者間の情報交換会

  ●雇用管理の手引き提供

  ●助成金活用、法的勉強会

  ●雇用情報提供(受入・送出)

4.政策提言

  ●新産業創出や企業を元気にする政策に視点を置いた提言・要望

  ●雇用のセーフティネットの強化

  ●会員実態・ニーズ調査・把握(提言・要望、経協事業への反映)

以上を重点活動とし、経済危機克服を中核とした取組みを強化していくと採択されました。私は県西地区副支部長・経営教育委員会委員・科学技術特別委員会委員を委嘱されていますので、更に勉強して理解を深め頑張っていきたいと思います。

東京工場閉鎖(2)

 東京工場は昭和39年(1964年)に品川区東中延の現在の地に移ってきました。それまでは、  1キロ位離れた所にある荏原4丁目の平塚小学校のすぐそばにありました。1階が工場、2階が住居という当時としては典型的な零細企業の体をなし、総勢で7~8名の人が働いていました。協立製作所は昭和29年(1954年)に創業しました。創業は私の父(現会長)と叔父(父の弟)の二人で、切削工具の研削加工を主体に営業を始めました。創業して10年後、業績も順調に推移し工場が手狭になったため、近くにある工場を購入し、移転しました。このことをきっかけに二人は独立し、叔父は創業の場所を引継ぎ「高橋研磨(現ミクロテック)」を設立し、工具・部品の研削加工から金型の研削加工へと新たな方向性を見出していきました。

 会長は移転先(現本社)の場所で、(有)協立製作所を引き継ぎました。ここでも1階が工場で2階が住居で、家族4人と住み込みの従業員1人の5人の構成で、従業員7~8人を引き連れ、新生(有)協立製作所として第一歩を踏み出しました。移転後まもなく油圧機器メーカーである萱場工業㈱東京工場殿と取引をすることが出来、工具と油圧機器の研削加工を行う会社として、新たな方向へと舵を切りました。数年後、工具関係の仕事から油圧機器部品の研削加工に絞って業務を拡大していきました。今で言う「集中と選択」です。ここを原点として油圧機器専門の研削加工メーカーとして新たな旅立ちが始まりました。私が高校生のときでした。

 20年後の昭和59年4月(1984年)現本社の新社屋を完成させました。この頃、茨城工場は第三期工事が終わり、順調に業績を拡大していき、茨城工場で機械加工を行い、次工程の熱処理は外注で、最終工程の研削加工は本社工場で加工し、精密油圧部品の一貫加工のモデルを完成させていました。1、2階が工場、3階が事務所、そして最盛期には本社の斜め向かいに工場を賃借して25人の従業員が働いていました。本社は会長と次男の茂が研削加工専門の工場として、高い研削技術を武器に順調に業績を伸ばしていきました。しかし、弟(当時専務)は病に倒れ、11年前の平成 10年(1998年)5月に亡くなりました。当時、日本は金融危機の最中で、賃貸工場は閉鎖して、 本社工場の事業を縮小し1、2階だけで営業するようにしました。弟が亡くなってから統率者がいなくなり、徐々に従業員が少なくなっていきました。閉鎖前には5人しか従業員がいないこともあり、大勢に影響はありませんが、一つの時代が終わったとの思いはぬぐいきれません。

『常陽地域研究センター』取材原稿

 4月17日に常陽地域研究センターによる取材がありました。6月号に掲載予定ですので、その原稿を掲載させて頂きます。常陽地域研究センターとは通称「常陽アーク」と云い、常陽銀行のシンクタンクで産・学・官から10名程の運営委員を選任し、テーマに対して意見を交換します。そして常陽アークの研究員がその内容を調査研究し、毎月冊子として発行し、常陽銀行の取引先に配布しています。運営委員の任期は年で、私は10年前から委嘱され、今日まで続けています。 

製品割合は建設機械にしようされる油圧機器・油圧部品で約9割                            当社は、創業当時は切削工具の研削加工専門で行っていましたが、油圧機器メーカーとの取引が始まり、油圧機器部品の研削加工の比重が次第に増えてきました。業務拡大のため茨城工場を設立し、研削加工の前加工である機械加工(旋盤、フライスなど)を取り入れ、部品の一貫加工を手がけるようになり、規模も次第に大きくなっていきました。その後は機械加工・熱処理・研削加工の一貫加工部品で業務を拡大し、近年では自社で製作された部品を使用し、組立・性能検査・塗装を行うOEM製品(ピストンポンプ・バルブ)を開発してきました。当社の製品割合は、建設機械に使用される油圧機器で約9割になります。油圧機器は、建設機械・農業機械・射出成形機・工作機械など幅広い分野に使用される補機部品です。特に油圧ショベルのスプール(コントロールバルブに使用される部品)のシェアは国内で約6割、世界で約4割となっています。バブル崩壊前は大手企業との取引では、お客様と競合している企業との取引は敵対的行為であるかのごとく思われ易いので、注意深くお客様を選んでいました。しかし、バブル崩壊後の大不況で系列関係や下請け関係が希薄になってきたので、既存のお客様の競合企業との取引を積極的に進め、不況を乗り越えていきました。結果としてお客様の数も増えていきました。

19号ブログ写真.jpgグループ会社について                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       特殊工程である熱処理加工は外注で行なっていますが、納期の混乱要因になっていましたので、 1997年に熱処理工場を作り熱処理を内製化しました。その後、熱処理の技術向上と収益力を上げるため、協立製作所以外の企業との取引を行うことにしたので、分社独立を行い協立熱処理工業㈱を設立しました。多くの企業の熱処理認定工場となり、取引の幅が広がりました。                                 また、中国では1991年に取引先に先駆けて中国進出を果たし、上海協立機械部件有限公司を設立しました。現地の日系油圧機器メーカーとは人民元、アメリカの油圧機器メーカーとはドル、フランスの流体機器メーカーとはユーロ、そして日本の協立製作所とはドルで取引をしています。

世界同時不況の影響は大きかった                                                            当社は、直接輸出はないのですが、お客様の売上高に占める輸出割合が7割を超えていますので、今般の世界同時不況の影響を直接うけてしまいました。02年以降、建機メーカーは中国の需要をキャッチアップし、景気は上昇に向いました。その後世界の新興国の需要を取り込んだ建機メーカーは生産力の増強を図っていきました。当社はお客様の計画に基づき、毎年積極的に設備投資を実施してきました。しかし、毎年設備投資を行うことは経営のリスクが高まることを意味します。設備投資を行い企業規模が拡大するにつれ、人材教育が間に合わず、ムリやムダが目につくようになりました。変化のスピードが速く人が変化についていけないのです。しかし、このような不安定要因を持ちながらもお客様の要求を満足させるべく活動をしてきました。設備投資や人員を増やした結果、07年度の売上高は03年度比3.5倍に人員は3倍に拡大していきました。08年度の売上高は20%増の 60億円を計画していました。急成長をしている当社にとって計画通りに売上を達成できない窮地に追い込まれるという認識をいつも持っていました。                                      そんな中、08年8月に当社の子会社である上海協立機械部件有限公司の現地での受注が半分になったと報告を受けました。現地のお客様は日系の油圧機器メーカーで、日系の建機メーカーに油圧機器を供給しています。9月の受注も半分と報告を受け、何か異変が起きているのかと思いました。そして16日にリーマン・ブラザーズが破綻し、いわゆるリーマンショック後アメリカ発の金融危機が表面化しました。日本でも減産計画が発表され、生産調整に入ったことで、当社の月商は半分になりました。このような事態になると当社は窮地に追い込まれます。被害を最小限に止めるために10月初旬に幹部を集め、現状の状況説明を行い、かねてから準備していた対策の説明を行い、理解と協力を得られたので、計画に基づき即時に実施して行きました。                             現在でも在庫調整が続いていますので、月・金曜日を一時帰休日にして火曜日から木曜日の3日働いて金曜日から月曜日の4日を休む、「3勤4休」体制を続けています。苦しい経営を強いられていますが、中国の内需拡大政策により一部に明るい兆しが出てきています。しかし、中国だけでは世界の経済を牽引することは難しく、アメリカ経済が上向かないと中国も息切れしてしまいます。6月には在庫調整が落ち着くと予想していますが、受注の回復は下期以降になるのではないかと思っています。非建機の油圧機器を受注するため営業活動をしてきましたが、少しずつ引き合いが来るようになりました。

19号ブログ②.jpg合い言葉は、「中小から中堅へ」                                                                                                                                                                                                 当社では「中小企業から中堅企業へ」を合い言葉に、年間100億円の売上高を目指しています。会社が永続的に発展できる企業の仕組み作りが目的で必ずしも100億円が目的ではありませんが、「年間売上高100億円」が達成できれば、企業の仕組み作りも達成出来ると考えております。今後も試作から量産までのお手伝いを続けて、お客様満足度を高めていきたいと考えています。

リスク管理を徹底し、この不況下においても慣れない会社づくりを                                常に先を予測することが不況の波を乗り越えるためには必要なことであるということです。リスクを予知し、もし万が一のことが起こった時のために備えをしておく。そして実際に不況が来た時には迅速に対応策が実行出来るように、体制を整備しておかなければならないと思います。その体制とは  100億円企業を実現するための「仕組み」です。                                                               自分は2代目。「絶対に会社を潰さない」という気持ちを持って、「中小企業から中堅企業へ」体質改善を行い、全員のベクトルを合わせて実行していくことが、会社にとって大事なことだと考えています。 

2009年5月度朝礼

   2月のマイナス在庫は、47件1,068個、4月末には9件144個と改善されています。マイナス在庫ゼロを達成して、システムの信頼性を高め、システムで仕事が出来るようにしていきたい。

 年初に予測した景気の底は1~3月でしたが、直近の情報では3ヶ月ずれて6月まで続くものと予測されます。7月頃には在庫調整が終わり、10月には需要と同じくらい作業量が発注されるものと予想されます。その量は2008年上期の50%~60%、2009年の2~4月の2倍と予想しています。中国の景気刺激策で販売が伸びていますが、米国の回復がないと長続きしない。米国は2010年1月頃動きが出てくると予想しています。 売上が期待できない状況ですから、徹底した出銭の抑制を図っていかなければならない。①更なる工具費の削減。最適な切削条件を見つけ、最適な工具を選択すれば削減できる。②切削油の削減。床にこぼれていることは油を捨てているのと同じです。③消耗品の節約。④電気の節約。蛍光灯・コンプレッサー・機械の電源の入れっぱなし。

 10月からの生産回復に向けて我々が出来る改善を進め、生産性を飛躍的に工場させる。その施策として①古い設備を休止して新鋭機に移管して加工する。②組立時間の短縮や直行率の改善。③段取り時間の短縮。④夜間の無人運転が出来るように改善。⑤設備の予防保全。これらの改善をスピードを上げて実行し、やり残しがない様にしましょう。5S・TPM活動で徹底的なムダ取りを行いましょう。そして皆さん個人のスキルを向上させ、仕組み作りを行い、システムで仕事が出来るようにしましょう。

 この変化の激しい時代を生き抜いていくために、過去にとらわれていてはいけません。今の時代を生き抜くために、今なすべきことを実行していくことが肝要です。ダーウィンの進化論に「世の中で生き残っていくのは最も強い者でもなく、最も賢い者でもない。変化に対応できる者だけが生き残ることが出来る」とあります。この言葉を肝に入れ、会社の体質改善を進めましょう。

東京工場閉鎖(1)

昭和28年に創業した場所は、東京都品川区荏原でした。その11年後、品川区東中延の地に移ってきたのは、今から45年前です。その本社工場が4月20日をもって閉鎖されることになりました。     

  17号写真-1.jpg  昨年、9月15日のリーマンショック以来、世界の金融システムが機能しなくなり、アメリカ発の金融危機が起こりました。この金融危機が起こった時、マスコミの報道は、日本は既に金融危機を克服したので、アメリカより影響は軽徴であるとの論調を展開していました。しかし、10・11月に入ると経済の血液であるお金が回らなくなり、実体経済に波及し現在に至るまで経済は悪化の一途をたどってきました。そしていわゆる「派遣切り」が製造業を中心に各地で起き、報道は連日連夜「派遣切り」を行った派遣先の企業の非道を伝えていました。企業は派遣会社と契約を行い、法律に則り契約通りに実施していたにもかかわらずです。それは一ヶ月前に予告をして契約解除するか、一ヶ月の契約料を支払って即解除するかのどちらかです。しかし報道は過熱し、派遣会社への取材はなく現状認識を行わないまま、直接雇用していない派遣先の企業が矢面に立たされてしまいました。「法律を守っていればいいのか」と派遣労働者への救済を強く訴えていました。結果として世界同時不況の本質を外した議論が展開されてしまったと思う。

 こうした状況に対応するためにセイフティネットを整備し、救済に当たるのは政府の仕事であると思うのだが、報道はセイフティネットを未整備のままにしていた政府の怠慢は取り上げず、派遣先の企業を標的にして批判を繰り返していた。私はこれまでの不況と質的に違い、大変なことになると思っていましたが、報道関係の人達はリーマンショック後の世界同時不況の影響を甘く見ていたように思います。トヨタが業績の下方修正を行い赤字決算に陥ると発表し、いわゆるトヨタショックが起きるとようやく冷静に世界同時不況の本質を議論するようになってきた。報道は事象の現象にとらわれず、  本質を見極めた議論・報道をしてほしいと思う。今起きたことの現象には必ず原因があります。この原因を分析していき、真の原因が分かれば問題は解決できると思いますが、本質を外した議論・報道では問題の解決にも役に立たず、世論を誤った方向に導いてしまうと思います。

 大分話がそれましたが、今回の危機は過去に例の無い不況と捉えています。不況を乗り越えるため、昨年の10月からいろいろの対策を実施していきました。

東京工場の工場部門を茨城工場に集約するのもその対策の一つです。東京本社は、このような状況で借り手があるか分かりませんが、1・2階はテナントとして貸し出し、3階は本社として機能を残していきます。

   17号写真-2.jpgこの変化の激しい時代を生き抜いて行くために、過去に                         とらわれてはいけないと思っています。今の時代を生き抜くために、今なすべきことを実行していくことが肝要であり、ダーウィンの進化論に「世の中で生き残っていくのは最も強い者でもなく、最も賢い者でもない。変化に対応できる者だけが生き残ることが出来る」とあります。まさに変化に対応しないと生き残っていけません。東京工場の閉鎖は少し寂しい気持ちはありますが、生き残って勝ち抜いていくための積極的な施策と捉えています。

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